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文字と眼差し〈心〉

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現存する最古の漢字は三千三百年前の殷王朝晩期に用いられていた甲骨文字と呼ばれる象形文字の一種だ。これだけの長きにわたり用いられている文字は他にはない。
ただ、漢字が今に至るまで全く変化がなかったわけではないのも事実だ。
ひとびとが生きる社会の変化に合わせて書体が変わったり、意味を加えられたり失ったりしながら、一方で変わることのない部分も同時に抱え、生き続けてきた。

たとえば「心」の字を字典で調べてみると、臓器としての心臓の意味とともに、意識や精神といった”こころ”の意味が重ねられている。
目に見える臓器と、目に見えない”こころ”がひとつの字の中に共にあることをずっと不思議に思っていた。
もともと「心」の字の成り立ちは、心臓を象ってつくられたものとされている。


鶏モツ煮をつくろうと、スーパーマーケットに肉を買いに行く。
家に帰って肉をまな板に取り出しレバーと心臓とに切り分ける。切った肉は水にさらし、血を抜く。たちまち薄赤く染まる水の中に沈む臓器を眺めていると、どうしてか「心」の甲骨文字が頭をよぎる。「心」の字をつくった古代を生きる「誰か」が目の前の動物の心臓のかたちを精密に象ろうとしている姿を思う。

農耕文化が確立していたといわれる殷王朝では狩猟もまた日常的に行われていた。ひとびとは狩った獲物を捌き、もちろん心臓も目にしていたに違いない。ただ、その臓器が動物を活かす大きな役割を担っていることには気がついていたのだろうか。人間と動物の心臓の構造が同じようなものだということも正確にわかっていたのだろうか。いくつも疑問がわくが、「誰か」は心臓を「心」という字として定めた。

古代の史料にも、すでに「心」の字を心のありかたの意味として用いたものが残っている。しかし当時の社会は王の権力が絶対であり、またその王の意志は占いを通じてもたらされる神の声に大きく委ねられていたといわれている。
当時用いられていた占いは、亀の甲羅や牛の骨の裏側にちいさなくぼみをつくり、加熱して現れるひび割れの様子を読み取るものだった。ひび割れが神の声のあらわれであるとひとびとは信じ、ひび割れを読み取ることができるのは王だけとされていた。王による占いと、その結果を卜(ボク)人と呼ばれるひとが甲羅や骨の表面に文字を刻むことで残された。ただし、文字が甲骨に刻まれるのは、かならず占いの結果が実現されてからだった。
つまり王自身の意志とは大きく異なる意味を持つひび割れがあらわれたときには、占いが破棄されていたのではないかとも考えられる。実際、甲骨に思いがけないひび割れが現れないように、あらかじめ少し傷を入れていたものさえあるという。絶対的な存在であったはずの王の戸惑いや悩み、ひととして揺れ動く感情の一面がそこに現れていると感じてしまう。
占いに自らのふるまいを託すその奥にある感情――”こころ”の動きは、今を生きるわたしたちが連想するような思考の経路とは大きく異なる部分があるだろう。けれどもそうした出土品に思いをめぐらせると、一方で今を生きるわたしたちと変わらぬ”こころ”の動きもあったはずだと考えざるを得ない。

殷王朝から時代が下り、今から三千年前の西周時代、紀元前千年から五百年にかけて、ひとびとの間では民謡や宮廷雅楽が親しまれていたという。その中から三百五十篇を詩集として編んだものが、現存する中国最古の詩集とされる『詩経』である。
詩には古代を生きたひとびとのさまざまな気分や感情が歌われている。それゆえ多くのひとに好まれたのであろう。そこには、ひとりのひとの”こころ”のありようとして用いられた「心」の字も垣間見ることができる。


心之憂矣、其誰知之(心の憂うることを、誰もこれを知らない)
其誰知之、蓋亦勿思(誰もこれを知ってくれない。もう憂い思うことはやめよう)
魏風「園有桃」


『詩経』における”こころ”の様子を、中国文学者の欺波六郎は次のように指摘する。


周囲から拒否された、そして何人にも訴えることのできない、自分の悩みを歌ったものである。がしかしこれらは、(中略)精神的な煩悶ではあるが、それはまだ甚だ素朴であり、かつその表現もまた簡単なものである。
(欺波六郎『中国文学における孤独感』岩波書店,1958)


「心」の字は、その後の長い戦乱の時代を経て、前漢時代に入るころになると、ひとびとの“こころ”の捉え方の変化に伴い、表現の中にもある種の「深み」のような意味合いが加わっていく。自分というものが肉体と精神に分たれているという感覚が意識され、そのうえで“こころ”というものが語られるようになることで、“こころ”のあり方に向けられる眼差しも、より複雑になっていくのである。
なにか自身にとって気持ちが動くような出来事があれば心臓は鼓動をはやめる。「憂うる」ときに身体の中でまるでなにかがうごめくように感じたり、そこから生じる思いといったものを抱く。それをひとは“こころ”という存在として捉えたのかもしれない。
心臓という臓器を象ることでつくられた「心」の字は、こうして時代を経るにつれて目には見えないひとの”こころ”の意味を持つことばを表す文字として認識されるようになっていった。

ひとびとが「心」の字をどのように用いてきたのかを見ていくと、ことばと字が生きてきた時間に比例して意味が加わり深まってきたのではないかという考えが浮かぶ。けれども同時に、たとえば詩経で詠われた「憂うる」ひとの”こころ”に表れた喜怒哀楽をはじめとしたさまざまな気持ちは、古代から現代まで変わらずにあるはずだとも思える。

字の成り立ちを紐解くことで、現代社会における「心」ということば、文字が指し示す意味が、そしてそこに脈々と繋がるひとのあり方――変わってしまったもの、変わらずにあるものへの問いが改めて照らし出されてゆく。

(文・書 華雪)

by kasetsu_WS | 2018-05-10 07:50 | エッセイ|文字と眼差し

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